賃貸人様(貸主)
賃貸借契約の終了時における原状回復費用を貸主・借主のいずれが分担するかについて、国土交通省が定めるガイドライン(以下、「ガイドライン」といいます)がまとめています。
【原状回復をめぐるトラブルとガイドライン/国土交通省住宅局】
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf class=”underBold”
ガイドラインによりますと、「原状回復」とは、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義付けられています。
具体的な損耗・毀損を例に、費用の分担を見てみましょう。
これらは、賃貸借契約による使用によって当然に生じる劣化、つまり、だれが使用しても防ぎようのないものです。その対価として借主は賃料を支払っているのであり、さらに重ねて負担を強いるべきではありません。
したがって、原則として、貸主が費用を負担することになります。
借主の故意(わざと)又は過失(うっかり)によって生じた損耗については、借主の負担で原状に回復する必要があります。
通常損耗等にあたるものであっても、借主がそれを放置したり手入れを怠ったりしたことが原因で、損耗が発生・拡大した場合には、善管注意義務(建物の借主として社会通念上要求される程度の注意義務)に違反したことになり、やはり借主が費用を負担することになります。
借主が原状回復費用を負担する場合、その負担は破損部分の補修工事に必要な施工の最小単位に限定されます。たとえば破損した襖紙の張り替えをする際に、色合わせのため他の襖の張り替えも行う場合は、借主は損傷させた襖についてだけ負担すればよいことになります。
また、破損した建具や備品を新品のレベルにまで戻す必要もありません。破損部分も経年劣化していくものであり、その劣化分は本来貸主が負担すべきものだからです。
したがって、退去時を基準に、借主は補修費用から経年劣化分を差し引いた額を負担することになります。
なお、耐用年数は税務上の減価償却上のそれを参考に考えるのが一般です。
ガイドラインにはこれまでの判例や取引の実情が反映されており、実務上の一般的なルールとして、広く活用されています。
しかし、行政庁が示した指針に過ぎず法的な拘束力がないため、これとは異なる特約を設けることも可能です。
ただし、借主の負担を重くする以下の特約を設ける場合には、注意しないとトラブルを生じることになります。
通常損耗についても借主の負担とする旨の特約の有効性が争われた判例(最高裁平成17年12月16日判決)があります。判決では、「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている」、あるいは「賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されている」場合に限り、借主に原状回復義務を課すことができるとしています。
また、たとえ契約条項等で明記されていても、事業者でない借主を一方的に不利に扱う場合は、消費者契約法10条により無効とされる可能性もあります。
そこで、ガイドラインでは通常損耗補修特約について以下の指針を記していますの
で、賃貸人としては、トラブルを事前に防止するために、これらの指針に基づいて賃貸借契約を締結しておく必要があります。
賃貸借契約終了の退去時に、一定のクリーニング費用を賃借人に負担させる特約が契約条項に規定されるケースがあります。クリーニング特約に関する最高裁判例はありませんが、下級審で多く争われているのは以下の点です。
クリーニング費用は経年変化や通常損耗の補修などに用いられることも多いこともあり、借主にとっては予想外の負担になりかねません。特約を結ぶに際しては、事前にトラブルを防止するために、通常損耗補修特約のガイドラインに沿って以下の点に注意し、これらを書面で残しておく必要があります。
賃貸借契約における借主の義務には、契約終了時に目的物を返還するだけではなく、原状回復することまで含みます(民法616条、598条)。
よって、原状回復費用を負担しない借主に対しては、債務不履行責任を理由に損害賠償を請求することができます(415条1項)。
原状回復義務の不履行を理由に損害賠償請求する場合、返還を受けた後、早急に請求する必要があります。
通常の損害賠償請求権の消滅時効は5年ないし10年(166条1項)ですが、賃貸借契約から生じた損害賠償請求権は時効消滅とは別に、貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならないという「除斥期間」にかかります(622条、600条)。時効は進行を止める「中断」というものがありますが、除斥期間では中断は認められず、一定期間が過ぎると例外的な場合を除いて一切請求できなくなります。
したがって、物件の返還を受けた時点で速やかに請求しなければなりません。
なお、利用できる法的手続きとしては、当事者の話し合いによる解決を目指す「裁判外紛争処理制度」、60万円以下の請求権については「少額訴訟」、高額請求なら「通常訴訟」があります。
通常損耗補修特約等を有効なものとするには契約条項等への明記や当事者の明確な合意が必要です。当事務所では予防法務にも力を入れております。契約内容の確認や原状回復についてのルール作りをご検討中の方は、お気軽にお問い合わせください。