賃貸人様(貸主)
賃料増額請求(借賃増額請求)とは、建物に関しては、建物の借賃が、①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は③近傍同種の建物の借賃に比較して不相当になったときに、将来に向かって建物の借賃の増額を請求することです(借地借家法32条1項)。
ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、賃料増額請求をすることはできません(借地借家法32条1項ただし書)。そのため、賃料増額請求をしたいと考えている場合には、まず契約書に賃料不増額特約の定めがないことを確認する必要があります。
毎月定額で支払われる共益費は、賃料と同視して考えられるので賃料増額請求の対象となります。
賃料増額請求の要件は条文上、上記の①ないし③となっていますが、これらの要件は例示的な要件とされています。したがって、①ないし③の3要件のほか、当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮して、賃料が不相当であるかどうか判断されます。
その他諸般の事情には、個々の賃貸借契約における人的な事情や特別の事業上の関係も含まれるとされています。最高裁も考慮要素について、「一般的な経済的事情にとどまらず、当事者間の個人的な事情であっても、当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し、賃料額決定の重要な要素となったものであれば、これを含むものと解するのが相当である」としています(最判平成5年11月26日)。例えば、前賃貸人と賃借人の間に親子関係があり賃料が低額とされていたところ、建物の譲渡が行われ、新賃貸人が賃料増額請求をしたという事案がありました。ここで判例は、賃貸人と賃借人の間の個人的な特殊事情が消滅したとはいえ、直ちに賃料額を一般的な水準まで増額させることは相当でないと判断しました(東京高判平成18年11月30日)。
もっとも、契約関係そのものに直結しない主観的諸事情や契約の一方当事者の内部的事情は、考慮されません(東京地判平成15年8月25日)。例えば、賃貸人が修繕義務を履行せず、賃借人が負担した修繕費用の償還もせずに賃貸人が賃料増額請求をしたという事案がありました。この事案で判例は、修繕義務の履行しないことや修繕費用を償還しないことは、賃貸人の賃料増額請求を否定する事情にはならないと判断しました(東京高判昭和26年4月28日、東京高判昭和38年5月8日)。
当事者の協議が整わない場合には裁判所が相当賃料を判断することになります。裁判所が自ら当事者の提出した資料をもとに相当賃料を定めることもありますが、裁判所が選任した鑑定人による鑑定に依拠して相当賃料が定められることが多いです。
賃料増額請求は、期間の経過による事情変更によって賃料が不相当となった場合に、事情変更を賃料に反映するものです。したがって、現行賃料について合意した時点から一定期間を経過しなければ賃料増額請求をすることができないとも思えます。
しかし、最高裁は「現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない。したがって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過していないことを理由として、その間に賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料の増額請求を否定することは、同条の趣旨に反するものといわなければならない」としています(最判平成3年11月29日)。ただし、この判例も最終合意時からの期間が賃料が不相当になったか否かを判断する際に一つの事情となることは肯定しています。
賃料増額請求権は形成権であり、賃借人に対する一方的意思表示により行使できます。賃料増額の効果はその意思表示が相手方に到達した時から生じます。賃料増額の意思表示は実務的には内容証明郵便により行います。
賃料増額の意思表示を行い、その後賃借人との協議が整わないときには訴えを提起することになります。もっとも、賃料増額の訴え提起をする前にまずは調停の申立てをしなければなりません(民事調停法24条の2第1項)。調停の申立てをせずに賃料増額の訴えを提起しても、原則として調停に付されることになります(同条第2項本文)。
調停が成立しなければ訴訟となります。賃料増額の訴えの方法については、増額後の賃料額の確認の訴えという方法がとられることが多いです。
賃料増額請求後、その裁判が確定するまでは、賃借人は相当と認める額の賃料を支払うことをもって足ります。ただし、その裁判が確定した場合において、賃借人が既に支払った額に不足があるときは、賃借人はその不足額に年1割による支払期後の利息を付して支払わなければなりません(借地借家法32条2項)。
賃料増額請求は以上のような流れで進みますが、訴訟まで進むと弁護士費用や鑑定費用がかかり、仮に賃料増額請求が実現したとしても費用倒れになる可能性があります。まずは、弁護士に増額請求の見込みや費用について相談をするのがよいでしょう。